1. はじめに

Introduction

 有機EL素子、有機トランジスタ、有機薄膜太陽電池などの有機半導体デバイス研究では、電極と半導体、半導体間の界面でのホール・電子の注入障壁や発光・光吸収波長などデバイス設計や材料選択、デバイス性能を理解するうえで、エネルギー準位は欠かせない情報である。例として、図1に有機薄膜太陽電池と有機EL素子のエネルギーダイヤグラムを示す。このようなエネルギーダイヤグラムを描くには、まずは個々の半導体材料の被占準位(HOMO準位)空準位(LUMO準位)、電極の仕事関数が必要である。すなわち、有機半導体の被占準位と空準位の両方の情報が不可欠である。しかし、有機固体の被占準位については、光電子分光法(photoemission spectroscopy; PES)により、詳しく調べられてきたのに対して、空準位については電子親和力などのわずかな情報があるだけで、詳しい研究はほとんどない。これは、有機固体の空準位を精密に測定するよい実験手法がなかったためである。まず、これまでの空準位の測定法とその問題点について考えてみる。

In research on organic semiconductor devices such as organic EL elements, organic transistors, and organic thin-film solar cells, device design, material selection, device performance, such as electrode and semiconductor, hole/electron injection barrier at the interface between semiconductors, emission/light absorption wavelength, etc. Energy levels are essential information for understanding As an example, Fig. 1 shows an energy diagram of an organic thin-film solar cell and an organic EL device. To draw such an energy diagram, the occupied levels (HOMO levels) and unoccupied levels (LUMO levels) of each semiconductor material, the electrode A work function of . In other words, information on both the of the occupied levels and the empty levels of the organic semiconductor is essential. However, the occupied levels of organic solids have been studied in detail by photoemission spectroscopy (PES), whereas the vacant levels have only a small effect such as electron affinity. There is very little information available, but very little detailed research. This is due to the lack of good experimental techniques for precisely measuring the vacancy levels of organic solids. First, let us consider the conventional measurement methods of the empty level and their problems.

1. はじめに

これまでの空準位の測定法

有機半導体材料のエネルギー準位を測定する際には、デバイスの動作に近い条件で測定することが重要である。これには、二つの要件がある。一つは、多くの有機半導体デバイスで有機半導体は薄膜で使われることから、薄膜(固体)で測定できることである。もう一つは、動作するのと同じ極性の電荷を注入して測定すること、すなわち空準位を測定するには電子を注入することが重要である。このような観点から、従来、有機半導体研究で主に使われてきた空準位の測定法を比較してみる。 

1.溶液で電気化学的手法(サイクリックボルタンメトリー;cyclic voltammetry, CV)により測定した還元準位を使う。
2.光電子分光法(PES)で測定した被占準位に光学ギャップを足す。
3.逆光電子分光法(inverse-photoemission spectroscopy; IPES)。

このうち、1のCVは溶液中の測定である。簡単に測定できることから、広く使われているが、溶液中で求めた分子の還元準位から有機固体の電子親和力を求めるので、正確な値ではない。2の方法は、薄膜(固体)で測定できる。しかし、PESでは試料から電子を取り出す、つまりホールを注入しながら測定する。有機固体では、注入する電荷によりエネルギー準位は大きく変化する。電気的に中性の場合と比べて、プラスの電荷をもつホールを注入すれば準位は下がり、マイナスの電荷をもつ電子を注入すれば準位は上がる。それに加えて、光吸収スペクトルから見積もった光学ギャップは、エキシトンの吸収により実際のエネルギーギャップよりも小さくなる可能性がある。これら二つの効果により、求まる空準位は実際よりも低く(電子親和力は大きく)見積もられてしまう。

このような観点から見ると、3のIPESは、固体試料に電子を注入して測定するため、理想的な測定法と言える。しかし、従来のIPESには、二つの大きな問題点があった。次のセクションでは、従来のIPESの原理と問題点について述べる。

なお、物質の空準位を調べる方法としては、他にX線吸収分光法など内殻準位から空準位への電子遷移を利用した実験手法がある[1]。これらの方法には、部分状態密度が観測できるなどの特徴がある。しかし、内殻のホールとの相互作用によりエネルギー準位の絶対値を決めることができない。例として、フタロシアニンのX線吸収スペクトル[2]とIPESの比較がある[3]。


[1] J. C. Fuggle, J. E. Inglesfield, “Unoccupied electronic states - Fundamentals for XANES, EELS, IPS AND BIS” ,Topics in Applied Physics 69, (1992).
[2] E. E. Koch, Y. Jugney, F. J. Himpsel, “High resolution soft-X-ray excitation-spectra of 3d-metal phthalocyanines”, Chem. Phys. Lett. 116, 7-11 (1985).
[3] H. Yoshida, K. Tsutsumi, N. Sato, “Unoccupied electronic states of 3d-transition metal phthalocyanines (MPc: M=Mn, Fe, Co, Ni, Cu and Zn)studied by inverse photoemission spectroscopy”, J. Electrosc. Relat. Phenom. 121, 83-91 (2001).