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2.従来の逆光電子分光法の問題点

2.1 逆光電子分光法の原理

光電子分光法(PES)・逆光電子分光法(IPES)は、固体試料にそれぞれホール、電子を注入して準位を測定することから、固体の準位を測定するには理想的な実験手法である。図2-1に原理を表すエネルギーダイヤグラムを示す。PESでは、試料にエネルギーhnの単色光を照射し、被占準位にある電子を真空準位よりも高いエネルギーに励起する。励起した電子の運動エネルギーEkを測定することで、準位エネルギーEbを測定する。これにより被占準位の状態密度がわかる。被占準位の上端は、ホールの輸送を担うことから重要である。真空準位を基準とする非占有準位の上端のエネルギーがイオン化(閾値)エネルギーである。

一方、IPESでは、エネルギーのそろった電子Ekを試料に照射し、この電子が空準位に緩和する際の発光hnを観測することで、空準位のエネルギーEbを求める。これにより、空準位の状態密度がわかる。このように、IPESはPESの逆過程とみなすことができる。ただし、PESでは電子を取り出すことで試料にプラスの電荷を注入するが、IPESでは試料にマイナス電荷をもつ電子を注入するという違いがある。IPESで観測される空準位の下端が電子輸送にかかわることで重要である。真空準位を基準とする空準位の下端のエネルギーが電子親和力である。

2.従来の逆光電子分光法の問題点

図2-1:光電子分光法(PES)と逆光電子分光(IPES)の原理を示すエネルギーダイヤグラム。

2.2 これまでの逆光電子分光法の問題点

このIPESは、原理的には空準位を調べる理想的な方法であるにもかかわらず、PESほど普及してこなかった。それは、電子を照射したときの光の放出確率(断面積)が極めて低いという大きな問題がある。理論によれば、IPESとPESの断面積の比は、真空紫外域で約105分の1しかない[1]。このため、IPESの測定では、大量の電子を照射して微弱光を検出する必要がある。

IPES測定には、電子の運動エネルギーを一定にして、放出される光を分光してエネルギー分布を調べる(tunable photon energy mode; TPEモード)方法と、検出する光のエネルギーを一定にして照射する電子の運動エネルギーを掃引する方法(Bremsstrahlung isochromat spectroscopy; BISモード)がある。これまでのほとんどのIPESは、構造が簡単で感度が高いことから、Doseが1970年代後半に開発したバンドパス検出器を用いてBISモードで測定されている[2]。この装置の概略を図2-2に示す。電子銃で発生した電子線を試料に照射し、放出光をバンドパス検出器により検出する。図2-2(b)にしめすように、ヨウ素ガスI2を充填したガイガー・ミュラー管は、ヨウ素のイオン化エネルギー9.23 eV以上で感度をもつ。この前段にフッ化カルシウム板を設置すると、 10.2 eV以上の光を通さないため、中心エネルギー9.7 eV(波長130 nmの真空紫外光)、半値幅0.8 eVのバンドパス特性が得られる。フッ化カルシウムをフッ化ストロンチウム(透過カットオフエネルギー9.7 eV)に置き換えると、感度は下がるが半値幅は0.4 eVに改善される。このバンドパス検出器は、フィルター材料や温度を変える、ガイガー・ミュラー管の充填ガスを変える、アルカリハライドで増感した電子増倍管に置き換えられるなどの改良が加えられてきた。この測定方法ではエネルギー約10 eVの真空紫外光を検出するので、真空紫外逆光電子分光法(VUV-IPES)と呼ぶことにする。

2.従来の逆光電子分光法の問題点

図2-2:従来の真空紫外逆光電子分光法。(a) 典型的な実験装置の概略と(b)バンドパス検出器の感度特性。


この装置の問題点のひとつは、光検出の感度が、バンドパス検出器を構成する物質の性質で決まることである。分解能や中心波長を変えることは容易ではなく、分解能を高めると必然的に感度が下がる。つまり、分解能が低いという問題点がある。実用的な装置の光検出器の分解能は、0.4 eV程度である。また、光検出器の感度曲線が非対称であり、長く裾を引くなどのため、観測したスペクトルの詳細な解析が難しくなる。

このVUV-IPESを有機半導体に適用すると、もうひとつの深刻な問題が生じる。図1のIPESのエネルギーダイヤグラムからわかるように、測定する物質の電子親和力、検出光エネルギーhと電子の運動エネルギーEkにはエネルギー保存則が成り立つ。バンドパス検出器の中心エネルギーが約10 eVであるため、照射電子の運動エネルギーは5~15 eVになる。このエネルギーの電子を大量に照射すると、有機試料が損傷を受けてしまう。試料が損傷してしまえば、信頼できる測定はできない。すなわち、低い分解能有機試料の損傷という二つの問題点を解決しなければ、IPESは有機半導体研究には利用できない。しかし、この二つの問題点を同時に解決する方法があった。それについて、次に解説する。


[1] J. B. Pendry, "New probe for unoccupied bands at surfaces," Phys. Rev. Lett. 45, 1356-1358 (1980); P. D. Johnson and S. L. Hulbert, "Inverse photoemission," Rev. Sci. Instrum. 61, 2277 (1990).
[2] V. Dose, "VUV isochromat spectroscopy," Appl. Phys. 14, 117-118 (1977); G. Denninger, V. Dose, and H. Scheidt, "VUV isochromat spectrometer for surface-analysis," Appl. Phys. 18, 375 (1979).